長崎県の時津町で介護タクシーを始めようと思った理由

      2017/09/13

私は学校を卒業して造船所の会社に入り、20年以上同じ仕事を続けていました。

つまり、一途です。

この間に結婚をし、子供も3人授かりました。
一般的ですが、幸せな家庭を持つことができています。

「人生1度きりだから今と全く違う仕事もしてみたい!」と30歳過ぎから思っていました。

しかし、40歳を過ぎた頃からでしょうか、さらに強く考えるようになっていました。

妻も仕事をしていますので、自宅近くで子供たちの様子も伺いながら仕事が出来たら幸せだろうなぁと。

そんな夢を描いていました。

まずは求人探しです!なるほど、この年で、一途な仕事以外経験もありませんので、まぁ無いですね。。。

半ば諦めてもいました。

そんな時ふとしたきっかけで「自分で起業して何かやればいいんだ!」と思ったしだいであります。

自分で起業するに至るまでには結構時間が掛かりました。

単純に思いつかなかっただけなのですが。

それで、何をするかです。

ギフト屋さん、出張電気工事、コンビニ経営…ネットで調べまくっていました。そこで目にとまったのが「介護タクシー」です。
・人様のお役に立てる。
・地元で仕事が出来る。
・日中の仕事が多いので子供たちとも触れ合える時間が持てる。

そして1番の理由がもうひとつあります。

それは、5年前に亡くなった父の最期の姿でした。
父は癌を患い、治療の甲斐もなく余命宣告も受けていました。
恐らく最後のお正月前、父はまだ入院していました。本当は退院して自宅で過ごす事も出来てたはずなんですが。腰を圧迫骨折してしまって
まともに動くことが出来なくなってしまっていました。
でも、お医者様と相談して正月は家で過ごしてもらうことにしました。
家では受け入れ体制を万全に整えました。介護用のベット、手すり、ポーター等
色々な方にお世話になりました。

いざ帰宅の時です。病院の玄関までは車椅子で移動したのでなんともなかったのですが、

病院の玄関-自宅までがそりゃ大変でした。

車椅子から車への乗り換え。
車中。
自宅までの階段。

自分が背負えるわけではないので
父には歩いてもらいました。

父は痛みを堪えて歯を食いしばって
歩いていたのを覚えています。
自分は父を支えてあげるので精一杯でした。
移動がこんなに大変だとは思ってもいませんでした。父にはとても悪かったなって。
介護タクシーの存在さえも知らなかった頃です。もし知っていたら絶対に使っていたでしょう。

自分の夢と経験が合致して「介護タクシー」を起業しようと思ったのです。

 

 - 吉田誠について

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